ゆるヒヤのブログ

毎日アニメを観てるかもしれません

6月17日/正義も自由も平和も

正義と自由と平和は三竦み、それでも…。(バーチャル存在の話です。)

 

 

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正義の反対はまた別の正義と誰かが言っていた。

正義という言葉は曖昧で、あまりに脆い。

 

 

彼女にとっての「正義」が「仲間たち皆で歩み作り出すもの」だとしたらどちらか一方を選ばせるのは残酷ではなかろうか。

 

どちらか選ばれなかった方の「正義」はどうなる。

 

選ばせることが「正義」なのだとしたらそれはもはやエゴなのではないか。そこから放たれた「正義」という彼女の言葉の意味すら軽くなってしまう。

 

 

いくら飛ぶ鳥を落とす勢いとはいえ彼女もまた企業に所属していることから仕事を選ぶ「自由」は無いのであろう。

 

我々に見える案件、我々には見えない案件を多数抱えた彼女。学生時代の締切という言葉よりも重いものが追いかける。

 

そんな忙しさから彼女は自分がしたい配信の頻度も、仲がいい相手との連絡と同じように日を置くようになった。

 

 

そんな心を亡くす忙しさの中襲いかかった悪意は彼女の「平和」な日常をも奪ったのかもしれない。

 

体重が減ったとの言葉から三度三度の食事、睡眠もままならなかったであろうことは容易に察することができる。

 

 

そんな彼女に、彼女は一歩踏み出した。彼女もまた「自由」は無く「平和」ではなかった。

 

そんな中でも彼女は、憧れ尊敬を抱いた彼女に対して誇れる自分で有ろうと努力した彼女がまた一緒に歩もうと声をかけたのだ。それが結実した。

 

 

それが昨夜である。

 

 

互いの関係を「正義」と呼ぶ相手との時間はどんな相手と過ごす時間よりも濃密であろう。

もはや沈黙すら心地よく、くだらないしりとりでさえも愛おしい。安心して互いが互いの身を委ねられる関係は何よりも得難いものだ。

「正義」と呼ぶにはあまりに幼いかもしれない。世間一般が思う「正義」の定義や意味ではないのかもしれない。

しかしどうだ2万5千人これが今の私たちだと示した覚悟、彼女たちの関係は確かに「正義」であった。

それでいいのだ、なぜなら大切な相手から貰った言葉なのだから…。

 

 

この様子を見た別の「正義」を持つ物の思いはどうか、燻るのかそれとも…。

 

 

良くも悪くも「自由」な企業風土が産んだ配信であることも忘れてはならない。

恐らくは一生合法的には聞くことができないであろう「女が帰宅し夕食を食べ女の元で眠るまでの様子」を2時間30分にわたり耳を澄ませて聞く事が出来た。果たして本当に聞いても良い物だったか疑問ではある。

 

そこにあったのは「平和」な日常だ。

この数週間の喧騒の日々を想えばこそ、合鍵を渡しただいまと言えばおかえりと帰ってきて一緒にカップめんを啜り他愛もない会話を交わして眠りにつき目を覚ます。

翌日何が有ろうとも、未来に何が待ち構えていようとも彼女と彼女2人の「人間」が紡いだ大切な時間は「平和」な日常であった。

 

 

正義/自由/平和。

 

 

三竦みであるはずのこの3つの、口にするには少し恥ずかしく軽くなってはいけないこの3つの言葉。

 

 

そんな3つの言葉を昨夜邂逅した2つの「魂」から見ることが出来た。